【文例あり】『表現技法の辞典』に学ぶ小説の冒頭の書き出しの型12種類

エッセイ
この記事はこんな方におすすめ
  • 小説の始まりの一文が思いつかなくて困っている
  • 秀逸な小説の冒頭の書き出しを書くヒントを掴みたい
  • 日本の作家たちの小説の冒頭の書き出しから起筆の基本形を学びたい

かつて横光利一は『書方草紙』の中で「書き出しに良い句が来なければ、その作は大抵の場合失敗している」と云ってのけました。

肌感覚でそれがわかっているからこそ、秀逸な書き出しが思いつきやしないかと難儀している物書きたちも多いはず──。

そこで、今回は『文章を彩る 表現技法の辞典』より小説の書き出しの型12種類を紹介します。書き出しで頭を悩ませている物書きたちの一助となれば幸いです。

今回の主な参考文献です。

書き出しの型以外にも畳語法(同語を直後に繰り返す)や対偶法(二つの観念に対照関係を設け、引き立て合いながら進行する)など、さまざまな技法に関する解説があるので興味のある方はどうぞ。

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小説の冒頭の書き出しの型:〈人物〉から

〈人物〉から入るタイプです。主人公を最初に提示し、その気持ちや立場などの説明から入ります。

信一は、笹島さんを彼女を恋して居る、この心持は段々にそれと自分に分ったが、信一は彼女をはっきりと思う工合になっても、この一ツの心持は誰にも秘めてヂッと堪えていた

『結婚まで』 瀧井孝作

余談ですが、「ヂッ」という声喩の堪えている感尋常じゃないですね

金井湛君は哲学が職業である

ヰタセクスアリス』 森鷗外

森鴎外の印象的な書き出しについてはこちらの記事もどうぞ。

小説の冒頭の書き出しの型:〈時〉から

〈時〉から入るタイプです。最初に〈時〉を提示してから、物語に入ります。

慶長八年十一月十一日夜亥の下刻

『鷺』 田宮虎彦

慶応四年十月十六日、仙台にあった奥羽追討の西国勢主力についに北上の動きが見えた

『落城』 田宮虎彦

小説の冒頭の書き出しの型:〈場所〉から

〈場所〉から入るタイプです。

A市から北へ三里、Hと云う小さな町がある

『雨蛙』 志賀直哉

実際の地名ではなく、アルファベットでぼかしている例ですね。

文科第七番教室は、この大学で最も古く、最も汚い教室である

『休憩時間』 井伏鱒二

大学名こそ明記していませんが、〈場所〉を特定の教室にまでしぼり込んだ冒頭です。

モデルとなったのは早稲田大学の第四番教室とのこと。

教室の番号まで脚色したちょっととぼけた入り方です

歌島は人口千四百、周囲一里に充たない小島である

『潮騒』 三島由紀夫

最初に固有名を提示してから物語に入るパターンです。

小説の冒頭の書き出しの型:〈状況・事情・経緯〉から

〈状況〉や〈事情〉、あるいは〈経緯〉から入るタイプです。

親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている

『坊ちゃん』 夏目漱石

小説の冒頭の書き出しの型:〈思い入れ〉から

心情・感情・意見といった〈思い入れ〉を述べて作品を始めるタイプです。

死人にものいいかけるとは、なんという悲しい人間の習わしでありましょう

『抒情歌』 川端康成

小説の冒頭の書き出しの型:引用から

引用から作品を始めるタイプです。

いにしへに恋ふる鳥かもゆづる葉の三井の上よりなき渡り行く

『母を恋うる記』 谷崎潤一郎

次の行に「……空はどんよりと曇って居るけれど、月は深い雲の奥に吞まれているけれど、それでも何処からか光が洩れて来るのであろう、外の面は白々と明るくなって居るのである」と始まります。冒頭に短歌を引用した例ですね。

小説の冒頭の書き出しの型:奇抜な視点で

奇抜な視点から物語を始めるタイプです。

吾輩は猫である

『吾輩は猫である』 夏目漱石

奇抜な語り手による書き出しのテッパンですね。「猫」が「吾輩」などという一人称で堂々と語りかけ、演説口調で好き勝手まくしたてるものだから、読み手は面食らってにやりとするわけです。

余談ですが、この作品が完結した一九〇六年には以下のようなパロディーが現れました。

  • 吾輩ハ鼠デアル
  • 吾輩は蚕である
  • 吾輩ハ子猫デアル
  • 吾輩は猫被りである
  • 漱石の猫は吾輩である

いつの世も「注目されている作品の人気に便乗したい!」という風潮はあったのですねぇ~

小説の冒頭の書き出しの型:接続詞・指示語から

冒頭に接続詞を据えるタイプです。

そして私は質屋へ行こうと思い立ちました

『蔵の中』 宇野浩二

おやっと首をひねってしまうような、引きつけられる書き出しです。文脈のあるはずのない一編の冒頭に「そして」という接続詞がついているわけですから、どのような経緯があったのかつい気になってしまいます

接続詞以外にも指示語から唐突に始まる作品もあります。

その白い哀れな生きものは、日に日に瘦せおとろえてゆくばかりで、乳も卵もちょいと眺めただけで振かえりもしなかった

『愛猫抄』 室生 犀星

「その」という指示語から始めることで、読み手が身構えるより早く、作品世界に引き入れる効果を高めています。また、「猫」ではなく「生きもの」というぼかしからも、何やら異様な雰囲気を感じずにはいられません。

読み手をなめらかに誘導するという意味では、以下の二作品も特徴的です。

鎌倉円覚寺の境内をはいってからも、菊治は茶会へ行こうか行くまいかと迷っていた

『千羽鶴』 川端康成

「も」という助詞によって、悩みが小説の始まる前から続いていることを暗示しています

作品の外と内とをつなぐことで、読み手がいつの間にか小説世界の中にいる──そんな感覚を誘い出しています。

正式には松本春綱先生であるが、センセイ、とわたしは呼ぶ。/「先生」でもなく、「せんせい」でもなく、カタカナで「センセイ」だ

『センセイの鞄』 川上弘美

読み手はきっと「先生」と「せんせい」と「センセイ」とはどう違うのかを考え、教師と教え子らしい二人の関係がなぜカタカナの「センセイ」なのかと、知らぬ間に作品世界に引き込まれます。

小説の冒頭の書き出しの型:象徴的に

これより先は参考文献の著者である中村明氏の感性が多分に含まれるので、書き出しの「型」と呼ぶには些か抽象的なのですが──いずれも優れた書き出しであることは間違いないので。ご参考いただければ幸いです。

これに関しては文例を見てもらった方が早いかと。

国境の長いトンネルを抜けると雪国であった

『雪国』 川端康成

トンネルを一つ越えるだけで風景が一変する──「雪国!」という新鮮な驚きを乗せて、この冒頭の一文が立ち上がります。

雪国という捉え方にも、また、それをいきなり冒頭に記す表現の姿にも、作中の視点人物である島村を通して、作者の感動が投影されているような心地がします。

とすれば「長い」という連体修飾語も、単なる空間的な距離を指すというよりは、早く駒子に会いたいと耐え忍んでいる心理的な時間の強調だったのかもしれません。

「雪国」の世界を正面に据えた、象徴的な書き出しです。

トンネルの手前と先とを、この世とあの世とになぞらえる深読みもできるほど、印象的な書き出しの一文です

小説の冒頭の書き出しの型:衝撃的に

こちらもさくっと紹介するにはやや難があるので、まずは文例から。

死のうと思っていた

『葉』 太宰治

幕が開くと同時に演者が斬りかかって来るような衝撃的な書き出しです。

冒頭の一文もさることながら、件の作品の面白いところは文展開でして。

一文で読み手を驚かせておきながら、次にやってくるは「今年の正月、よそから着物を一反もらった」などという悠長な話。以下、もらった着物に関する説明が長々と続いて、第七文にしてようやく「夏まで生きていようと思った」という表現が現れます。冒頭と繋がる情報がようやっと現れるのです。

「死のう」という話題をあえて宙ぶらりんにすることで、読み手を引きずり込む文展開です

一方で、自殺の念慮が些細なことで流れてはまた戻って来る──この文の運び自体が生と死の狭間を揺れ動く書き手の心情を映しているようでもあります。

太宰治『葉』にみる《情報待機》の仕掛け

《情報待機》とは、ある情報を意図的に待機させる表現技法のひとつです

太宰治の小説『葉』は、「死のうと思っていた」というショッキングな一文を孤立させたまま、第六文まで読者を引きずり、「これは夏に着る着物であろう。夏まで生きていようと思った」に繋がります。

自殺の決意に至る経緯も、それを些細なきっかけから延期してしまう心境も、何一つはっきりしないまま、強引に読まされてしまうのです。

小説の冒頭の書き出しの型:雄大に

抽象的過ギィッ!!

こちらもまずは文例からどうぞ。個人的には抽象三銃士(勝手に命名)の中で一番取り入れやすいのではないかなぁと思います

木曾路はすべて山の中にある。

『夜明け前』 島崎藤村

高みから木曾路全体を一望した感じの表現──一枚の鳥瞰図から物語は始まります。以下、

あるところは岨づたいに行く崖の道であり、あるところは数十間の深さに臨む木曾川の岸であり、あるところは山の尾をめぐる谷の入口である

『夜明け前』 島崎藤村

とそれぞれの部分に分けて具象化が続き、その流れを受けて、

一筋の街道はこの深い森林地帯を貫いていた

『夜明け前』 島崎藤村

読者の視点──物語の舞台となる木曾路へとやって来るわけです。

全貌にはじまり細部の具象化を経て読者の視点に収まる。長編映画の冒頭を彷彿させる雄大な書き出しですね。

小説の冒頭の書き出しの型:作中人物の内面から

コレ、〈状況・事情・経緯〉や〈思い入れ〉とどう違うん?

個人的にこの型を一言で云い表すなら「もはや読者を誘導しない型」です。早速文例を見ていきましょう。

軒下の洗濯物をとり込んでいると、うしろでお六の声がした

『うぐいす』 藤沢周平

もう、「うしろ」って書いちゃってるんですよね(笑)

こうなると、読者は視点人物の立ち位置に即自分を重ねるわけですから、もはや読者を誘導しない型という。

とっさに背を向けたが間に合わなかった

『晩夏の光』 藤沢周平

誰が何に背を向けたのか、何に間に合わなかったのか、情報が伏せられたまま物語は幕を開けます。

つまり、これらの書き出しは、外から冷静に観察しているのではなく、語り手の中継なしに、作中人物の認識をそのまま投じた書き方なのです。そういう表現に応じて、読者は主人公になりきり、作品世界を生きてゆきます。

まとめ:【文例あり】『表現技法の辞典』に学ぶ小説の冒頭の書き出しの型12種類

今回紹介させてもらった小説の書き出しの型12種類は以下の通りです。

せっかくなのでツイートを引用しました(笑)

一見すると物書き特化の内容ですが、読み専の人もこういった「型」を知っているといないとでは作品に対する解釈の幅が違ってくると思うので。

知識がある分、余裕をもって物語を俯瞰できると云いましょうか、「ああ、これはこういう意図のもと書かれたのかもなぁ」とあれこれ深読みを巡らせつつ、ニヤニヤできるのではないかなと。

物書きにせよ読み専にせよ、あなたの読書ライフを充実させる一助となれば幸いです。ではまた~。

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kino tadashi

心理学と科学と妖怪学をこよなく愛する物書きの端くれ。
曲がりなりにもwebライティングで収入を得ているので、端くれの自称くらいは許されるだろうという認識でいる。
webライター、ブログ等で生計を立てるべく日々模索中。
WEBライター検定3級・ビジネス事務検定・校正技能検定初級取得済。

ムラサキゴテン
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